
はじめに
これからこのホームページ上にコーナーをいただいて、表題の連載を寄稿していく予定です。まずは、はじめまして。そして、どうぞよろしく。
飯尾歩(いいお・あゆみ)さんと山田厚志(やまだ・あつし)のこと
私、山田厚志は名古屋市内で建設会社を経営する今年51歳の平凡な男です。飯尾歩さんは同じく名古屋に本拠を置く中日新聞社の44歳の若き論説委員
です。そもそも二人の関係は?と、問われれば「ただの飲み食い友達」(笑)と、
今となっては言うほかありません。仕事が一山越えたと言えば打ち上げ会、近
くに寄ったとお昼を一緒に、たまには遠出して蕎麦喰い旅行と、妻も嫉妬する
(あきれる?)仲の良さなのです。
その飯尾さんとのそもそもの「なれそめ」は、8年前に中日新聞に掲載され
た署名入り記事でした。『未来の選択』、それがその連載記事のタイトルでした。
私はその記事を読んで「環境問題」に目覚め、結果として前田成子さんにも
出会ったのです。ちなみに最初の頃、私は「飯尾歩(いいお・あゆみ)」さんをてっきり女性記者だと思い込んでいました。その繊細な筆致は、若くて有能な女性ジャーナリストを私に想像させたのです。
ある日、全く偶然に「本物の飯尾歩さん」に出会いました。ある団体の総会の基調講演者が、「いいお・あゆみ」さんだったのです。手元に配られた講演レジュメの文章もまた、読み慣れた「彼女」の文章でした…夢が叶った!
…でも、ステージに現れたのは、ナント!男性だったのです。軽いめまいが私を襲ったのは言うまでもありません。でも、すぐに気を取り直して(?)長年の思いを彼に直接伝えました。「ボ・ボクは、あなたの文章を読んでヨーロッパに環境の勉強に行ってきます」…こうして飯尾さんとのお付き合いが始まりました。
我々二人と前田さんとの「なれそめ」
さて、続いて前田成子さんと私たちとの出会いを語らねばなりません。前田さんとは私が最初に出会いました。それも7年前のある朝のフライブルクの街角で、です。「こんにちは。フライブルクへようこそ。この街のことを日本の人はテーマパークのような特別な空間のようにおっしゃるんですよ。でも、この街は人々が普通に生活する場所なんです。」これが前田さんの最初の言葉でした。
私たちは15名ほどのグループでした。ヨーロッパの人々の環境意識と街の仕組みを飯尾さんの記事で知り、さらにたまたま出会った本で知ったフライブルクを、是非この目で確かめたいと願い、私が募った仲間たちでした。中には売れない建築家もいて、奥さんから私宛に「主人の将来にとって必ず意味のある旅です。どうぞ格安に連れて行ってやって下さい」なんて手紙までいただくほどの「思い先行」「貧乏所帯」「好奇心丸出し」のグループ旅行だったのです。
身なりや肩書きは貧弱でも、前田さんに何か感ずるところがあったのでしょう。この日の夕方には「よかったら我が家のベランダでビールでも飲みませんか」と誘われたのです。前田さん、なんたる軽率発言!それが発端で我々とこんな縁が生れるとは…ってのは、冗談ですが。
以来、前田さんには名古屋にお越しいただいたり、こちらからエコツアーを数回出したりするお付き合いが続いております。こちらに来ていただいた時には飯尾さんをはじめさまざまな方たちとの出会いも生れて、ますますご縁が深くなりつつあります。前田さん、飯尾さんも私もこの出会いをとても嬉しく思っていますよ。
さあ、<愛・地球博>へようこそ
前置きが長くなりました。
これから数回にわたって21世紀最初の万国博覧会である<愛・地球博>について、私たちなりの視点でレポートしていきます。どうぞお楽しみに!