
「飯尾さん、<Better City,Better Life>って、シンボリックなテーマじゃなくてホントに作ろうとしているんですね、未来都市を。」
「ウン、これは大変だ。山田さん、これから毎年、定点観測に来なくちゃ!」・・・
私たち二人は、チャーターしたタクシーから瓦礫のころがる「現場」に降り立って、どちらからともなく呟きあいました。
初秋の青空の広がるさわやかな上海空港に到着したのは、今年の9月20日の火曜日でした。前日の私たち二人は、西安市の「西安建築科技大学」で環境をテーマとした特別講議をしていました。中国の学生たちの熱意に圧倒されながらも、心地よい後味を残して西安を旅立ったのでした。
訪れた上海では、空港から市内までをわずか7分余りで結ぶ高速リニアモーターカー(時速430Kmを記録しました!)にさっそく度肝を抜かれました。
市内は車・車・車の大洪水。高速道路も交通の要所では一日中渋滞です。人々の交通マナーもいまひとつで、傍から見ていると「危ない!」と思わず叫ぶ場面の連続です。一体、どこからどう手をつけたらよいのか、このエネルギッシュな混乱が活況を呈し続ける中国経済のもたらした結果なのでしょうが、ふと底知れぬ不安感が胸の奥から沸いてきました。
翌21日、私たちはまず「上海万博有限公司(こんす)」を訪れました。その様子は後日、中日新聞に掲載されましたが、対応していただいた工事主任の高氏は終始おだやかに、そして誠実に上海万博について、こう語ってくれました。
「私たちは愛・地球博の大成功に学びたいと思っています。私たちの国では、まず経済を発展させてから環境面を整備する手法でここまで進んできましたが、これからは快適な都市環境の創出に力を注いでいきます。その実験場として2010年の上海万博を位置づけて、愛・地球博で提示されたさまざまな環境技術の進化・発展をめざします。」
開催までに残された時間は正味あと4年。発展する上海を象徴する浦東(プートン)地区のビル壁面には、夜ともなると上海万博の成功を謳い上げる大規模な光のイルミネーションが輝き、華やかに雰囲気を盛り上げています。
私たちは上海万博有限公司をあとにして、市内の会場予定地へと向かいました。
一帯は古くから造船工場や鋼材工場が立ち並ぶ工業地帯と、そこで働く労働者住宅の「あった」場所です。「ある場所」と言うべきか「あった場所」と言うべきか、大いに悩むところなのです。なにしろ今現在も居住している人々がいるのに、日々どんどん取り壊されているのです。住みながらにして廃墟になっていく・・・それは全くシュールな光景でした。
ゴーストタウンになりつつある一帯の一番奥にはバスの車庫と生活臭のする家屋が少々現存しており、市内中心部へと出向く人たちがバス停に佇んでいます。その前面に広がる瓦礫の廃墟、さらにその先には遠く茶色のビルの屋上に「上海万博まであと○日」という巨大な電光表示板が物言わぬ証言者のように立っていました。
上海万博のテーマは<Better City,Better Life>。より良き都市、より良き生活とは、まさに眼前にひろがる廃墟から生み出されるリアルな開発行為の「錦の御旗」のことだったのです。・・・そして冒頭の二人の呟きです。
漏れ聞くところでは、立ち退きにまつわるトラブルもあるようです。輝かしい未来都市を4年間で現出させるためには、汚れた現実の生活は犠牲になるのかもしれません。発展する中国の縮図のような問題を抱えながら、この会場予定地は日々姿を変えていくのでしょう。前出の高氏らの手腕に強く期待するところです。
来年もまた、この同じ地に立とうと約して、私たち二人は翌日に帰国しました。
さて、皆さんにご愛読いただいた愛・地球博に関する現地レポート「グローバル・ループから見えるもの」も今回の番外編をもって無事(?)終了です。
愛・地球博「長久手(ながくて)会場」をぐるりと取り巻く「グローバル・ループ」。会期中に訪れた2200万の人々が歩いたこの道は、さわやかな風が通り抜ける「人と自然の共生の場所」であり、「循環型社会実現の願い」の象徴でもありました。
このループ上に立って、はるか上海に思いを馳せる時、愛・地球博の残した意義をどのように伝え、生かしていけばよいのか、私たちは新たな課題に出会った気がします。その解決もまた、私たちが開催に向けて経験した対話と合意の長く誠実なプロセスを通じて結実していくことを心から願わずにはいられません。
上海万博の成功をお祈りして筆を置きます。(了)
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上海万博有限公司の高さんとのインタビュー風景(左端が飯尾)
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上海万博会場の一部。現在急ピッチで既設建物の取り壊しが続いています。私たちはこの場所の定点観測を続けるつもりです。 |